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 隆男は山野組の表の顔、協和建設の子会社である協和建材の社長室にいた。隆男は組長からこの会社を任されていた。
ブラインドの降りた大きなサッシ窓を背にマホガニーの大型デスク。その向こうで革張りの大きな椅子に体を埋めている。
この部屋には、バーセットとオーディオが備え付けてある。バーセットは来客用。オーディオは考え事用だ。隆男は甲斐バンドを聴きながら考え事をする。
大物ならクラシック下っ端は演歌というのが、隆男たちの属する業界に対する、世間のイメージだろう。しかし、隆男が好きなのは甲斐バンド。人前ではやらないが、バーカウンターの裏に愛用のギターが隠してある。
フルボリュームでステレオを鳴らしながら、隆男は考えていた。
明の使い方を。
取引の現場から、大量のクスリと多額の現金、さらに部下と取引の相手合計八名の命。工藤はこれだけの物を失ったのだ。衝撃と屈辱に工藤は怒り狂っていた。
組に対する大きな損害。看板に泥を塗られ、顔を潰されたのだ。
隆男にも、取引現場を襲った奴の捜索に協力してくれと電話があった。
もちろん、と隆男は快諾した。
心当たりはあるのか、と問うと、俺たちに楯突く命知らずがいるなんて考えられねぇと、工藤は声を荒げた。
取引相手の関係かもしれないな、と水を向けてみた。
山野組の勢力を恐れない連中は外国人に違いないという、偏見を含んだミスリード。
しかし、工藤も内心その可能性を考えていたらしく、隆男の持つ情報網の中でも外国人組織の動向を調べてくれという結論に落ち着いた。
 ここからは慎重にやらねば、と隆男は自分に言い聞かせる。工藤に楯突くということは、組に対する反逆に他ならない。襲撃者が明だという事がバレたら、自分が疑われる。
 明を襲った暴走族崩れの件は、誤算だった。明が襲われたことではない。明がこの街に帰ってきたのを誰にも気取られたくなかったので、死体処理を任せた者に事情を話していない。そのせいで、いい加減な処理がなされてしまった。死体を処理した連中に真実を伝えることができなかった以上、仕方なかったのか。
暴走族崩れとホテトル嬢の死体は、早々と発見され、必要以上に警察に興味を持たれている。
明の軽率さも問題だ。
街に戻ってくるまで、どこで何をしていたか知らない。詮索する気もなかったのだが、山野組のツケで女を呼ぶとは。
明の存在は最後まで伏せておくつもりだったが、変更の可能性も考えなくては。いつまでも隠しおおせるとは思えない。
当初の作戦では、薬を買い戻さないかと工藤に持ちかけさせるつもりだった。跳ねっ返りのチンピラがクスリを奪ったと思わせ、工藤を油断させるのだ。
買い取り交渉の場に、工藤は兵隊を連れてくるだろうが、明と将人に逆襲される。
死んだ工藤の後釜に自分が座り、明の身代わりに、誰かの死体を工藤殺しの犯人に仕立てる。こうして、隆男は工藤殺しの復讐を果たし、山野組の若頭、実質的ナンバー・ワンの地位を手に入れるつもりだった。
その後、工藤の死を知って明が街に帰ってくる。
隆男は昔から信頼していた明の帰還を喜び、それなりの地位を用意して組織に迎える。
巧くいきそうな作戦だったが、別の作戦を立てねばならないだろう。
明がこの街にいると発覚した場合の作戦だ。
自分とのつながりがあってはまずい。
 このまま一気に工藤の、敵の本丸を落とすか。
隆男は背もたれに体重を預け、両腕を組んでにやりと笑った。

 隆男が初めて明と会ったのは、高校二年の夏。深夜の駅前広場で、五人の高校生を相手に乱闘を繰り広げていた。五人とも農業高校の空手部員。売られた喧嘩は必ず買う喧嘩好きで有名な連中だった。対している明は、鼻血と額からの流血で上半身が真っ赤。それでもひるまずに五人を相手に拳を振るっていた。
隆男も喧嘩の強さは知れ渡っていた。中学時代から、高校生を相手に連戦連勝。いつか空手部の連中とも拳を交えるだろうと、町の誰もが思っていた。もちろん、本人も。
なので、ついでとばかりに明の助っ人を買って出た。
なんで他人の喧嘩に余計な手出しをするんだ。と、劣勢なのに明は強がりを言った。
オマエの加勢をしたいんじゃない、多勢に無勢で喧嘩する卑怯な奴らをブッ叩いてやりたいんだよ。隆男が言うと、明はにっこり笑った。
二人はボロボロになりながらも、五人を退けた。
隆男は明に自己紹介して、どこの高校か尋ねた。見たことのない顔だったからだ。ところが、明は中学一年生だった。数ヶ月前まで小学生だったのだ。隆男が知っているはずもない。
それから二人は兄弟のように親密になった。

 明を暴れさせよう。ヴィジョンで久方ぶりに再会した後のホテルでの見事な襲撃者の処理、そして取り引き襲撃の成功。あれほどの能力があれば、大丈夫だろう。
明には仲間もいる。
将人。
工藤の取引相手の元軍人を、銃器を使わずに殺したのは将人だ。隆男は本能でそう感じていた。だが、それが気にかかる。彼は何者なのか。
明との関係も気にかかる。
隆男は将人の正体を探ろうと、デスクの上の電話に手を伸ばした。

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