14
さすがの明も、その計画の大胆さには開いた口がふさがらなかった。
だが、思う存分暴れることができる。
自分と将人が持っている強大な力を振るうには充分な舞台だ。
「今夜、決着をつけるっていうんだな……」
明は運転席の隆男に尋ねた。
明と将人は隆男のベンツの革張りの後部席に座っている。車は広い国道を滑るように走っていた。
「ああ。おまえならあっさりカタを付けられるんじゃないかと思うんだ。それとも、今夜はやめておくか?」
隆男は平然と言う。しかし、内心は心配でたまらなかった。
前回の襲撃は鮮やかに成功したが、今度はどうなるか分からない。
確実などということはないのだ。
とはいっても、虎穴にいらずんば虎子を得ず。ここでやらねば、この街を裏側から支配することはできない。自分の描いた設計図の通りに全てが動き、自分が組織のトップの座を得るまで、弱気になってはいけない。
今夜、やらねばならない。
「工藤が自ら取引の場に出てくるなんて、まず無いことだ。今夜は特別なんだろうな。その特別な夜を、オマエたちがさらに特別なものに変えてやるんだ。どうだ?」
「絶好のチャンスなのは分かりますよ。でも、今回は武器の取引だ」
明はわざと不安そうな声を出した。
実際に不安なわけではないが、この状況でも自分たちに自信があるのを、隆男に知られたくなかった。この自信の裏付けを詮索されても困る。
「だが、仕事自体は前より簡単だぜ。今回はブツも金も取ってこなくていい。命だけ取ってくればいいんだ」
隆男は明るい声で答えた。
「でも取引の現場は武器だらけ。しかもディーラーは隆男さんの知り合いなんだろう。それを襲うのか」
「ああ。だから、取引が終わってから、工藤たちをやっつけてくれ。連中に迷惑かけたくないんだ」
なるほど、と明は腕組みした。
将人は明の横で、シートに身体を預けたまま黙っていた。どんなことになろうと、自分は言われたことをやるだけだ。今いちばん大事なのは、記憶を取り戻すこと。そのためならどんなことでも出来る。そう考えていた。
「明。やろうぜ」
将人が言った。
将人の言葉に隆男は驚いた。将人に自己主張があろうとは思っていなかったのだ。
どのみち明は隆男の申し出に乗るつもりだった。しかし、もったいをつけていた。それなのに、あっさり将人が返事をするとは。
明は将人が記憶を取り戻しつつあるのではないかと感じた。女と会いたがっているのもそれと関係しているのかもしれないと。もし、将人が記憶を取り戻せなくても、隆男が調べてきた過去を教えてやればいい。工藤を失脚させ、隆男を補佐する形ででもこの街を支配することができれば、将人にもハッピーエンドが来ていいはずだ。
明は寛大な気持ちになっていた。
勝利を確信しているからだ。
工藤は隆男を疑っていた。隆男だけではない。自分のまわりの全てを疑っていた。
クスリの取引をぶち壊し、自分たちに戦争を仕掛けていたのは誰なのか。それを探っていた。
クスリと金を奪われ、取引相手も命を落とした。工藤の面子に泥がなすりつけられたのだ。誰がやったのかはっきりさせて、落とし前を付けさせる。それができなければ、工藤の権力は地に落ちたと回りに知らしめることになり、工藤の地位は失われる。
だからこそ工藤は、戦争を仕掛けてきた相手を必死になって探していた。
組織のトップの座を狙う者は大勢いる。その誰かが今回の戦争を仕掛け、そしらぬ顔で組長に自分の間抜けさ加減を面白おかしく吹聴しているかもしれない。
億単位のクスリ、同額の現金、四人の組員の命、四人のディーラーの命。それらを一瞬に失い、なんの手当もできないと。
工藤は情報収集と同時に、武装の強化にも乗り出した。
二度と舐めた真似はさせないというアピールも兼ねて。
たまたま、隆男に武器商を紹介された。工藤の現状を心配したのだろう。より強力な火器を用意して、次の襲撃を警戒したほうがいいと言われたのだ。
工藤は自分の部下たちを連れて、取引に出かけることにした。普段は自ら取引に立ち会うことなど無かった。危険な役目は、それ専門の連中に任せていればいい。売り込みを兼ねているのだろうが、危険な役目を果たしたがる者は掃いて捨てるほどいた。
しかし、今回は工藤自ら出かける。自分の命を狙う者には、またとないチャンスのはずだ。 自分を餌に、敵対者をあぶり出すつもりだった。
そのため、取引の現場にあらかじめ部下を潜ませておいた。敵対者が何者で、何人いようが、工藤に指一本触れる前に撃ち倒されるはずだ。
死体の身元を調べれば、誰が黒幕かすぐに判明する。警察の捜査ではないのだ。動かぬ証拠が必要なわけではない。