ガイファードは風間剛という青年だった。
剛は兄、将人の姿を追って、叶野岬に来ていた。クラウンに囚われている将人を遂に助け出せるかもしれない。
 剛と将人は仲が良く、お互いをライバルとして高めあってきた兄弟だ。二人とも拳王流という中国拳法を源とする必殺拳を極めている。
しかし、剛は拳王流の一子相伝の伝統に悩んだ。兄の将人とは戦いたくない。将人に後継を譲るため、日本を離れ放浪の旅を続けていた。
ある日剛は、将人の失踪を知り、帰国した。
その時は知る由もなかったが、将人はクラウンに拉致されていた。アルティメット・トルーパー計画のために、優れた身体機能を有するものをかき集めていたのだ。
将人を探していた剛もクラウンに拉致され、ガイボーグに改造されてしまった。しかし、ミューティアンが暴れだした混乱の隙に、クラウンの研究所から脱出する。その途中、剛は醜い姿で暴れるミューティアンに遭遇した。その正体は将人の門弟、滝であった。
滝は破壊衝動に突き動かされ、剛を襲ってくる。
荒れ狂う滝との戦いの中で、剛はガイファードとして覚醒した。
 クラウンでファラーを研究していた医師、城石は自分の研究が、不治の病に苦しむ人々のためになるものと信じていた。ファラーの漏出事故で、助手がミューティアン化するまでは。城石は組織に騙されて、研究に従事させられていたのだ。城石の研究は紫苑が引き継ぎ、城石は幽閉された。しかし、滝が暴れ出した混乱に乗じて城石も研究所から脱出し、偶然、剛と合流した。
 剛と城石、それに将人の門弟だった麗と優の姉弟は、クラウンの非道に戦いを挑んだ。将人を取り戻すため、人間の自由を取り戻すために。
 波を見つめる剛の前に、黒い影が立ちはだかった。
激しい戦いが始まる。

 太陽が海に消えようとしていた。
明はごつごつした岩が突き出した磯を歩いていた。
夕日に照らされた波が、きらきらと光を反射しながら砕ける。
明は一人ではなかった。長い髪を後頭部のところで結わえ、黒い皮の上下を着た長身の青年に肩を貸している。
日が沈んで、真っ暗になる前に海辺を離れたかった。

 爆発を感じ、明はすぐに部屋を出た。動きやすいようにトレーニング・ウエアを身に着けて。
廊下には誰の姿もなかった。再び、床が突き上げられるように揺れ、爆発音が響く。
撤収の指示でも出されているのか、どこまで行っても人気のない廊下を、出口を求めて明は歩き続けた。
他の実験体たちはどうしているのだろう。とはいえ、カマキリの姿をした蟷螂拳の使い手と連れ立って歩く気にもならない。
 明は歩き回った。パネルを張ったままの無機質な廊下は、同じ場所を何度通ってもわからないのではないかと思うほど無機質だった。誰にも会わなかった。その代わりでもないだろうが、仕掛けられた爆弾をいくつも見かけた。
遂に人を見つけた。どす黒い血溜まりの中に、目を開けたまま倒れている男。
明の足が止まった。死体をしげしげと見る。
ミノーだった。胸に穴が開いていた。
さすがに射殺された者を見るのは初めてだった。
ミノーの死に様の凶々しさは、明を不愉快にした。
 明は再び歩き始めた。そして、出口への通路で倒れている将人を見つけたのだ。
将人とはトレーニングルームで会ったことがあった。一心不乱にサンドバッグを叩いていた。パンチも、キックも凄まじいスピードだった。
それより印象に残ったのは将人の表情だ。ガラス玉のような目は、脳改造処置を施され、自分の意志を失っている証だ。
 コンクリートでできた高さ15mほどの灯台の根元で爆発が起こった。
轟音に地面が揺れ、茜色の空に黒煙が吹き上がる。コンクリートにひびが走り、大きな破片が飛び散る。次の瞬間、灯台がぐらりと傾いだ。
続いて灯台の内部に連続して爆発が起った。
灯台は地面に叩きつけられる前に粉々になった。
次の爆発はそれまでで最大のものだった。
灯台が立っていた地面の底から爆風が吹き上がり、その爆風を追って炎が飛び出す。
何もかも焼き尽くすナパーム油脂の炎だった。
この灼熱がクラウンの地下施設を焼き尽くし、一切の痕跡を残さず完全に灰にするだろう。
明日の新聞の片隅に、灯台のガス爆発の記事が載る。
そして次の日には誰からも忘れ去られる。
それくらいのマスコミ操作は、クラウンには簡単だ。

 明は平らな岩の上に将人を横たえた。いい加減目を覚ましてもらわないと、歩きづらくてしょうがない。
明は灯台のあった崖の上に目をやった。灯台は跡形も無く、盛大に炎が上がっている。
この近くに民家はないが、これ程大きな爆発では消防と警察がやって来ないわけはない。
つまり、いつまでもここに座っているわけにはいかない。
 明は掌に潮だまりの水をすくって、将人の顔にかけた。将人は低くうなって、眉をしかめる。
「起きろ!」
明は将人の肩を揺さぶった。将人が目を開けた。焦点が合っていない。
こいつ、ダメか。
明は急に不安になった。
将人は何度か目をしばたたかせた。焦点が合ってくる。
上体を起こし、周囲を見回した。
「わかるか?」
将人はその声に、首を回して明を見つめた。
「俺たちは逃げなきゃならない」
何が起きているかわからない様子の将人に、明は説き伏せるように話しかけた。
しかし、将人はじっと明を見つめたままだ。
気絶するときに受けた衝撃のためか、脳改造のせいか、将人の意識ははっきりしてこない。
どんよりと曇った目はそういうことだ。
「しっかりしろ、将人!」
明は、将人の肩を揺さぶった。
将人の目に生気が戻ってきた。だが、以前にトレーニングルームで見かけたときとは違う目だ。
「将人? ……俺が? ……俺は、誰なんだ?」
がっしりとした手を開いて、自分の胸を掴む。
将人は記憶を失ってしまったのか。
明は、じっと将人の目を見つめる。戸惑いの色が浮かんでいる。
「おまえの名前は将人だ」
将人はその言葉を刻み込むように聞いていた。
明は立ち上がり、将人を立たせた。
「とにかくここから逃げるぞ。話はその後だ」
将人が記憶を失ったのは、脳改造の後遺症のせいだろうか。
遠くから消防車のサイレンが風に乗って聞こえてくる。

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