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 前沢は床を踏み抜かんばかりにアクセルを踏みつけ、車を走らせていた。
山野組の内部に何が起こっているのか。火灯美を拉致した連中は、あっさりと彼女をどこに連れていったかを話した。自分たちがどんな役回りか知らないのだ。
だから手帳を見せて、ちょっと脅かしただけで、しゃべった。
前沢は火灯美が連れてゆかれた町外れのモーテルに急いでいた。
 西に傾き始めた太陽が、アスファルトをギラギラ光らせていた。日が暮れるまでにはモーテルに着く。
着いたら車を隠し、張り込む。モーテルに出入りする連中をチェックするのだ。
前沢は、一連の事件は隆男の仕業ではないかと思っていた。
隆男は自分の部下にすら知らせずに、この事件を裏から操っているのではないか。工藤を追い落とし、組を自分の支配下に置くために。もちろん、仲間割れは組織に対する反逆だ。だから、口の堅い、本当に信頼の置ける手下しか使えない。
そう考えると、悦子殺しの間抜けな偽装や、火灯美を拉致した者の口の軽さなど、これまでの山野組がらみの事件では起こりえない事態に納得がゆく。現場で実行した者は何のための偽装か、何のための拉致か、教えられていないのだ。それでは仕事に熱が入るわけがない。
司令官たる隆男は、自ら動いているはずだった。だから、張り込んでいれば会えるはずだ。
 前沢は警察組織がこの事件の幕を引くべきだという信念を持っていた。隆男が関与していることを認めれば、自首させる気だった。
隆男とて、仲間殺しの罪を組織の手にゆだねられ処断されるより、司直の手で裁かれることを選ぶだろう。警察は復讐者ではない。
そして、隆男に司法取引を持ちかける。山野組の麻薬の流れ、拳銃密輸の流れ、警察組織や政財界との癒着。全てを白日の下に引っぱり出す。
代わりに隆男には刑務所での安全が保障され、ちょっとした刑の軽減を手に入れる。
腐りきった警察署内が糺され、正義が行われること。それが前沢の願いだった。

 街道にモーテルのネオンサインが見えた。矢印のとおりに右折すれば入り口まで一直線だ。
前沢は矢印に従って車を右に向け、小道に乗り入れた。両側は灌木の茂みになっている。このままモーテルの前を通り過ぎて、畑の間を抜け、裏側の林に車を隠そうと考えていた。
しかし、数十メートル車を走らせ、モーテルの看板が見えてきたところで前沢の意識が途切れた。
フロントガラスに蜘蛛の巣のようなヒビが走り、同時に前沢の額の真ん中に穴が開いたのだ。消音ライフルの銃弾に頭蓋骨を突き破られ、脳を掻き回されてはひとたまりもない。
前沢の身体は力を失い、コントロールを失った車は灌木の茂みに突っ込んだ。
鈍い金属音とともに車のボディがひしゃげた。その衝撃で意志を失った前沢の脚がアクセルを踏み込む。
エンジン音がけたたましく立ち上がった。
茂みから人影が現われ、素早く前沢の車に駆け寄る。
人影は全身黒ずくめで、顔もペイントで黒く塗っていた。
肩からはサイレンサーを装着したMP―5短機関銃を吊っている。
黒い男は、ドアを開け、前沢の死亡を確認するとエンジンを切った。
あたりが静かになった。

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