22
「弟さんも改造されて、兵器になっていたの?」
普通の世間話をしているかのような聞き返しだった。学生時代の想い出話のような。火灯美のそんな態度が、将人の気持ちを和らげていた。
「俺は脳を改造されて――」
火灯美が不思議そうな顔をした。
「記憶と意識をいじられたんだ。弟への憎しみをかき立てられて、戦うことになった」
「無理に戦わされるなんて……ひどいわ」
「戦った結果、俺が負けた。で、クラウンの基地の爆発に巻き込まれて、記憶を失ったんだ」
考えてみればほんの数日前の出来事なのだ。そして明に助け出され、この街に連れてこられた。それからは断片的に甦る記憶に戸惑いながら、戦い続けていた。
理由も考えず、受けた攻撃にただ反撃していた。
結局は明に利用されていたのかもしれない。しかし、利用されていたとしても、それを悔やむ気もないし、明への怒りもなかった。
もし、明が自分を助けなかったら、記憶を失ったまま放浪しているか、命を落としていたかもしれない。
だが、この数日の間に手をかけてしまった者に詫びる気持ちはあった。常識外れの破壊力で命を奪ってしまった者へ。
「何人くらい、やっつけたの?」
自分で「殺してしまった」と語った将人に、火灯美はこう聞き返した。
「……たくさん。最初は君と会った後だった」
まさか、悦子を殺したの。火灯美は息を呑んだ。
「拳銃を持った男が押し入ってきた。体が自然に反撃していたんだ」
悦子の彼氏のことだろうか。
「その男は誰だったの?」
「さあ、わからない」
「女の子が一緒にいなかった?」
「いた」
火灯美の顔色が失せた。
「でも、拳銃を持っていた男も、女の子も殺してない」
「殺してないの?」
声に疑いがあった。
「明には賞金が懸かっているらしい。だから明を狙って、拳銃を持ってきた。強く蹴ったが、死ぬような怪我はさせていない」
「一緒の女の子も?」
「ああ。少し手荒な真似はしたが、殺してはいない」
そう言ってから、待てよと思った。
あの時、明は自分たちを襲ってきたカップルの「片づけ」を隆男に頼んでいた。
結局、自分たちで手を下していないだけだ。
その表情に火灯美も気がついた。
「その子、友達だったんだ。……こんな仕事してたら、どんなメにあっても不思議じゃないと思ってた。危ない男って、いるからね。でも、先に自分がひどいメにあうと思ってたんだ」
「……済まない」
「あなたがやったんじゃないでしょう」
「ああ。だが結果的には――」
「いいよ。死んだ人は帰ってこないから」
火灯美は将人の言葉をさえぎった。
将人には彼女の気持ちが分からなかった。
友達を殺した自分に対する怒りや恨みはないのか。
それは火灯美自身にも分からなかった。ただ、将人のすべてを受け入れることはできないと思った。将人は違う世界の人なのだ。彼の回りは“死”が取り巻いている。
将人と火灯美は黙っていた。
ドアがノックされた。
「入るぞ」明の声だった。
入ってきた明は、元気そうな将人を見て目を丸くした。
ファラーの効果による再生と知ってはいても、短時間にここまで元気になるとは。
「スゲエな。新品に戻ったみたいじゃないか」笑顔で声をかけた。
将人が言葉を返そうとしたとき、ドアがはじけた。
防音材を詰め込んだ化粧材で作られたドアが、爆発して粉々になった。
同時に、大きな銃声が立て続けに響いた。
瞬間的な出来事だったので、明は何の対処もできなかった。
ドアを吹き飛ばした爆風に背中を押され、前のめりに体勢が崩れた。その背中に、銃弾が突き刺さる。
大口径の散弾銃から射ち出される、大きくて重たい鉛の一粒玉。十二番口径のスラッグ弾だった。
弾丸は、明の皮膚を裂き、筋組織を砕き、脊椎を粉砕した。シルバーバックに変身する間もなかった。背中から血糊の赤いシャワーを吹き出しながら、前のめりに床に叩きつけられた。
その瞬間に、将人はデスファードの姿になっていた。
火灯美には何が起こったかわからなかった。ドアが吹き飛ばされた瞬間に、将人が光ったと思った。続けて起こった銃声は、爆発音で麻痺した耳に届いていない。
デスファードは、明に弾丸を撃ち込み続ける火線に飛び込んだ。
装甲細胞で覆われた身体に、スラッグ弾が撃ち込まれる。鉛の塊でできている柔らかいスラッグ弾は、固い装甲細胞の表面に貼り付くように変形し、その破壊力を叩きつける。
しかし、デスファードの身体はびくともしなかった。
デスファードは、変形したスラッグ弾をカーペットに落としながら、ドアの方にステップした。
戸口には黒い戦闘服の男が二人、立っていた。二人ともスライドアクションの散弾銃を腰だめに構えている。薬の取引を襲撃したときに、短機関銃で反撃してきた連中の仲間に違いなかった。
デスファードは右腕を大きく振って、二人ともなぎ倒した。
転がった二つの身体を蹴りつける。必殺の力を込めて、蹴った。
どこを蹴ったか分からなかったが、確実な手応えがあった。
その時、デスファードは衝撃を感じた。次の瞬間、身体が燃えあがる。
廊下の角に、グレネード・ランチャーを装備したM−16ライフルを腰だめにした男が立っていた。ドアを吹き飛ばしたのもこの男だった。
今、デスファードに榴弾を一発撃ち込んで効果がないと見るや、一声叫んで、伏せた。
廊下の奥から、装甲服に身を包み、硬化チタン製のヘルメットをかぶった男が二人、現れた。ガイボーグだった。
「逃亡したミューティアンがいると聞いてきたが、こんな大物がいたとはな」
デスファードに向かって左に立ったガイボーグがダミ声で言った。
デスファードは驚いた。クラウンの情報網は、シルバーバックがこの街に戻ったことを突き止めていたのか。
「兄貴、コイツどうする」
右側のガイボーグが言った。弟なのか、とデスファードは思った。
「クラウンから逃げた者は、抹殺する。それが決まりだ」
ガイボーグが身構えた。
デスファードが構えると、二体のガイボーグが同時に襲い掛かってきた。素早いパンチとキックを矢継ぎ早に繰り出してくる。
完璧なコンビネーション攻撃だった。
片方が上半身を攻めれば、片方は下半身を攻める。
デスファードは、ガードを固めるのが精一杯だった。ガイボーグの攻撃に押され、部屋に戻ってしまう。
明が倒れている。カーペットは血を吸ってどす黒い。自分が撃たれたときと同じだと思った。ファラーの効果で変身を遂げる前に攻撃されるのは、致命的な結果に繋がる。
しかし、自分は復活した。同じように明にも生きていて欲しかった。
火灯美がどうしているかも気になったが、今の自分の位置からでは、ベッドの上にいるはずの彼女は見えなかった。
明の流した血に足をとられて、デスファードの体勢が崩れた。
その隙を突かれた。
ガイボーグの打撃が、頭部に炸裂した。脳が揺れたのか、視野が激しく揺れる。
デスファードはがくりと膝を突いた。おかげで、頭部を狙ったガイボーグの回し蹴りをかわすことができた。
だが、次の蹴りがデスファードの腹部をすくい上げるように突き刺さった。たまらず仰向けにひっくりかえる。
このままではやられる。
デスファードはそう思ったが、次の攻撃はやってこなかった。
シルバーバックが、その強力な両腕で、二体のガイボーグの足首を掴んでいた。
血まみれのシルバーバックは、上半身こそ獣人化しているものの、大きな傷を負った背中から下は、脆弱な人間の肉体のままだった。
「死にぞこないが!」
片方のガイボーグが、シルバーバックに掴まれていないほうの足で、背中の傷の辺りを蹴った。
ぐちゃり、と胸の悪くなるような音がして、シルバーバックの下半身がちぎれた。
シルバーバックは、げふと口から血の塊を吐き出して目を閉じた。
ガイボーグの足を掴んでいた指から力が抜けた。
その間にデスファードは立ち上がっていた。
シルバーバックを蹴ったガイボーグは、油断なくシルバーバックを見下ろしている。
もう片方のガイボーグが口を開いた。
「デスファード。おとなしく、我々について来い。命は助けてやる」
「――俺は、クラウンに戻る気はない」
「そうか」
言い終わると同時に、デスファードに襲いかかった。
しかし、デスファードは喋っている間に“気”を練っていた。
「撃龍衝!」
強力なエネルギーを持った光弾がデスファードの手から撃ち出された。
襲いかかってきたガイボーグのボディに光弾が炸裂する。
仲間が四散したのを見て、もう一体も行動を起こした。まっすぐデスファードに向かってつっこんできた。激しく打撃を撃ちこむ。ガードを固めるデスファードの装甲細胞から青白い火花が散る。
だが、体勢を立て直したデスファードにとっては、もはや効かない攻撃だった。
ローキックでガイボーグの膝を折り、低くなった頭部に蹴りを叩き込む。
デスファードは動きの止まったガイボーグから、半歩ステップバックした。
「王気! 極星拳」
デスファードは拳を固め、必殺技を撃ち込んだ。
まばゆい光弾をくらったガイボーグは、粉々にふっとんだ。
気配にふと見ると、戸口にM−16ライフルを持った男が立っていた。その頭の上に、野球のボールほどの金属製の球体が浮かんでいる。
デスファードは鋭くその球体を睨みつけた。
M−16ライフルを持った男は、自分が睨まれたと思って、かぼそい悲鳴を上げて逃げ出した。
球体に組み込まれたレンズがきらりと光った。秘密結社クラウンがスパイ活動や偵察に使っている、コマンド・サテライトだ。
デスファードは床に落ちていた、変形したスラッグ弾を拾い上げると、コマンド・サテライトに投げつけた。
デスファードが投げた鉛の塊は、銃弾並みの速度でコマンド・サテライトに命中した。
球体がゆがみ、レンズが砕け、機能を破壊された球体が床に落ちた。